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YOKO ONO
2011 / 12 / 13 ( Tue )
彼女の言葉には、一つ一つ、美しさとパワーがあります。
素晴らしい光です。
こんなことを、人間って、できるんですね。
これを見たということは、これを見る運命と、その流れに乗ったということです。
それが運命です。
それは、 宇宙が情報で、 できているから。

日本の文字って、丸くて、やさしい、、、。


http://www.youtube.com/watch?v=kQtOOni7MJE


昔、オノ•ヨーコの展示会に行ったことがあります。
そこにあるアートは、お客さんがいて、お客さんが行動を起こして、初めて作品ができあがるものでした。
一つ一つの作品が、心を揺さぶられて考えさせられるものでした。

作品の中で、電話が一台置いてありました。
『TELEPHONE PIECE』という作品。
「電話がなるかもしれません、受話器の相手はわたし(オノヨーコ)です。」
的な文面が書かれていて、ニューヨークにいるオノヨーコから直接電話がかかってくるというものです。
僕と妻は、それは鳴るものだと思ってました。
多分ベルが鳴って、オノヨーコと会話するんだろうなと自然に思ってました。
そして、それは当たり前のように鳴りました。
そこで僕はオノヨーコと会話することができたわけですが、
館内は大騒動、スタッフの方も大きな声でお客さんに呼びかけています
「電話がかかってくることは滅多にないことですから、みなさん早く並んでくださーーい」
美術館の近隣にすんでいる知人は、8回この展示にきたけど、初めて鳴ったと言ってました。
何が言いたいかというと、

僕等は「つながっていた」

ということです。つながっていれば、それは自然に起こります。

上の映像を見た ということは、
つながった ということです。
その空間と、時間と、情報に僕らは今つながった、のです。


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メルシーとダンケの運命
2007 / 07 / 22 ( Sun )
運命ってありますか?

以前 こんなことがありました。
車で 妻とメルシーとダンケで 妻の実家まで行ったときの出来事です。
妻の実家は緑あふれる広大な庭があり、メルシーとダンケは私たちが見ている目の前でかけずりまわることができる、彼等にとってパラダイスな別荘です。

車は パラダイスの別荘 に向かっています。

彼等は各々カゴの中に入っています。
車中、アグレッシブなメルシーはしきりにカゴを ガッガッガッと爪で掻きむしりながらアワオーンと鳴いています。
一方、おしとやかなダンケは途中1、2度メルシーとハモって鳴くこともありますが、ずーーと静かです。
メルシーはカゴから車内に出してやっても、ますます音量があがるばかりで鳴きやみません。また、カゴに戻します。

     車は パラダイスに向かっています。

同じ場所に向かっている車内での 彼等の違いは何でしょう。
「車」を「運命」とするならば、
「車」=「運命」の中で騒ごうが、あばれようが、静かにしようが、楽しもうが
「車」は パラダイス という決まった未来に向かっています。

これはまるで 地球温暖化で騒いでいる 人間 に似ています。

IMG_2220.jpg


「地球」=「車」=「運命」
の行く先は決まっているのに、その中で騒いでいるという状態です。
だったら、運命は運命としてしっかり受け止めて、車中を楽しく快適に騒がず暮らすのが心地よいでしょう。
あるベーシストのプロフィールで【世界平和に必要なのは】あきらめ
というのを見ました。
これは非常にまとをついている、この一言に集約されているように思います。

IMG_2424.jpg


もし運命を変えたい としたらどうしたらいいでしょうか。
それは、「車」自体の行く方向の流れを変えるしかないでしょう。

わたくしは数少ない文献ですが、読んで自分なりに解釈した運命とはこう思うんです。

ビリヤード台という閉ざされた空間の中にある「球」が「人」と想像してください。
人は生まれた瞬間に、棒でポンと押し出されます。そして物理の法則にのっとって、加速し、壁にあたり、はねかえり、他の人「球」と接触し、加速し、減速し、止まり。他の人「球」に接触されてまた動きだす。そして最後はスポットに落ちて終了。そして「球」回収場所から取り出されて、また棒でポンと押し出され運命再開。という感じです。
人は「球」の球体の中で手足をジタバタさせようが、悲しもうが、楽しもうが、騒ごうが、「球」の流れは関係なく加速し、減速し、流れにのって動いています。これが運命だと思うのです。
じゃあ、運命は変わらないかといったら、変える方法があります。
ビリヤード台自体を傾けたりして動かせば、「球」の流れは変わります。またはビリヤード台上にスティック棒を置く事によっても流れが変わります。台をへこますことでも流れが変わります。もしくは自分の運命の軌道上にない人「球」に突然参加してもらってどこからか体当たりしてもらうとか。これは外側を変えるという方法です。どうやったらいいんでしょう、、、、、

で、最近TVで地球温暖化を緩和するおもしろい方法を学者が論じてました。
それは、地球自体を水星を利用して今回っている太陽の軌道から少しづつ遠ざけて行く、というものでした。何億年とかかるらしいですが(笑)これは地球の外側を変えるものですので、地球自身の運命も変わるに違いありませんし、そこに生存している生命も、外側(宇宙)側から受ける環境がかわってきますので、個々の生命の運命も変わってくるでしょう。
その軌道を変える事自体も運命(プログラム)なのか、どこまでが運命なのかはわかりませんが、非常に理にかなった考えだと思いました。


で、結局 メルシーとダンケは パラダイスで伸び伸びと遊びました。






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地球のプログラム
2007 / 07 / 22 ( Sun )
以前このブログで書きました 「地球温暖化がなぜ悪い」 の弟2弾。

今日もテレビで、地球に住んでいる生物の様々な危機がうたわれていました。
それをみて、ごく自然だと思いました。

宇宙のあらゆるものはフラクタルでできています。
そして、人間は生まれて死ぬまでの運命が決まっているのだとしたら、地球も人間と同じ生命として運命が決まっているはずです。

    それは 地球のプログラム として

決まっている、組み込まれている、のではないでしょうか。
また、13分間に1種類の生物が絶滅しているそうですが、それもその生物のプログラムではないかと思うのです。もしくは地球のプログラムかもしれません。
人間はなんでも、ああ人間のせいだと思うでしょう。もし実際に人間が直に絶滅においやったとしてもそれも地球のプログラムかもしれません。


       常識は 一夜にして 非常識   に変わります。



地球温暖化 が実は二酸化炭素CO2とは関係ない原因で起こっているかもしれません。
また、氷河期の前兆には必ずこういった現象が起こる、というのかもしれません。

いくら情報を集めても、いくら常識と言われても
何が真実、真理、 というのは自身の肌で実感するしかないのかもしれません。
それは、人一人が生きている間では到底実感できるものではなく、過去の経験も常識もあてにできるものではないと思います。

ですから、周りに翻弄されすぎずに きちんと距離をおいて
自分の時間を 与えられた空間を「ただ生きる」のでもいいのかもしれません。


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